「人を好きになる瞬間を探してたんじゃないかって思っただけ。違う?」


真っ直ぐに見つめられて、なんとも言えない気持ちになった。


━━━━━人を好きになる瞬間って、どんな時?


それは確かに私が思っていたことだった。
私には敦史との記憶しか無いから。
彼に恋をした小学生の頃の記憶なんて曖昧だから。


敦史を忘れられることが出来るなら、誰かを好きになってみよう。
でも、どうやって好きになればいいの?
そう思っていたのだ。


なんで弘人には分かるんだろう。
なんで私の心が手に取るように分かるんだろう。


「そういえば、そのキスってファーフトキスなの?」


対向車のヘッドライトに照らされて、弘人の表情がよく見えた。
彼は私の答えを楽しんで待っているらしく、試すような笑みを口元に浮かべてこちらを見ている。


そんなことで動揺するとでも思ったのか。
その手には絶対に乗ってやらない。


私は彼から目を逸らして口を尖らせて言い返した。


「そうだよ。だから無かったことにしたいの」

「さっきので無かったことになったわけ?」

「なりました」

「………………バカだな、ほんとに」


少し間を置いていつもと変わりない口調で笑った弘人は、青になった信号を確認して車を発進させた。