編集長を務める先輩のデスク上に置かれた、一冊の漫画本が始まりだった。



「先輩、漫画なんか読まれるんですか?」


少々バカにする様な気持ちで聞いてみた。
デスクの上に置かれてある本は、どう見ても少女漫画だったから。


「…ああ、これか。実はこの漫画は妻のお気に入りでね。素敵だから是非読んでみて…と無理矢理押し付けられたものなんだ。読んでみるとなかなかいい味わいがして幾度か読み返したくなる。懐かしい気がしてきて、青春時代を思い出させてくれるんだ」


「青春時代?」

「ああ。そうだ」

「へぇ〜…」


大げさな比喩だな…と思いながら表紙を見つめた。


若い男女が描かれたカラーページには、昭和時代に流行った服装とメルヘンチックな街並みが描かれている。


「お前も読んでみろよ。なかなかどうして面白いもんだぞ」


自分だけが読んでいては照れ臭いのか、先輩はそう言って本を差し向けた。
少女漫画なんかに興味のなかった俺だけど、編集長がそう言うのなら仕方ない。


受け取ってデスクに戻った。

そして、そのまま幾日も忘れて過ごした。



ーーー本の存在を思い出したのは、1週間ほど経った夜更けだった。

パソコン画面に向かう仕事をしていたら、いつの間にか自分一人がオフィスに取り残されていた。



「皆もう帰ったのか……」



時間的に不規則な編集者と言えど、ある程度になれば全員が切り上げる。