ハー、ハー、と苦しそうな息を吐き始めた俺を、彼女は驚いて止めた。

これ以上はやめた方がいいと判断したのか、「もういいですから…」と声を絞った。



「でも…」


恐怖に打ち勝ちたい俺は、敢えて足を踏み出そうとする。
その俺の前に立ち塞がり、彼女は「やめて!」と声を荒げた。


「もういいの!これ以上無理しないで!」


考えていた以上の恐怖を抱く俺を塞き止めた。

その優しさに甘んじるべきなのか…と、迷いすらも生まれてくる。

仁王立ちしながら前にも進めず、ぼんやりと考え込んでしまったーーー。






「………漠君かい?」


嗄れた声に顔を跳ね上げた。

背後からやって来た人は、丸まった背中を少しだけ伸ばして俺の顔を覗き込んだ。



「やっぱり…!漠君だ…!」


ブルーグレーっぽい色の瞳の老人は、そう言って懐かしんだ。


手に握られていたのは、以前は使ったのを見たこともない杖だった。



「……じいちゃん……」


隣の家に住んでいたおじいさんだった。

子供の頃から自分のことを孫のように可愛がってくれた人だ。


「おかえり。暫く会わんうちに立派になったのぅ…」


涙ぐみながら目を細めて笑った。

彼女だけでなく、この人もまた、俺の心を打ち震わせてくれる。



「…じいちゃん……ただいま………」


学校帰りに出会うと、いつもそう言って挨拶を交わした。

あの頃は白髪でもなく、じいちゃんと言うよりもおじさん…といった雰囲気だった。