「来未さん……この人に引き取ってくれるよう言って下さい。例えどんな関係の人だろうと、金輪際関わりを持ちたくないことをきちんと伝えるんです。さもなければ、訴えてやるくらいの強い気持ちで……」


落ち着きを取り戻してきた子供を抱え直して、彼は私にアドバイスをした。
その声を聞いて、後ろに立つ男を振り返った。


薄いカーキ色のコートを着ている人は、10年前と少しも変わらない風貌をしていた。

苦労の欠片も見受けられない姿に呆れながら、毅然とした態度でいようと決めた。



「…さっきから言ってる通りです。うちにはお貸しするようなお金は有りません。私達に関わりを求めてこないで。二度と訪ねて来ないで下さい!迷惑です!私にも息子にも!」



怒りや悲しみや苦しみを抱きしめて過ごした日々を思いながら、不思議と心が強くなっていくのを感じた。

後ろに立っている人の存在が、きっと自分をそうさせてくれてるんだ…と思った。


小さく舌を打った男は、睨むように私と彼を見つめ、ジャリ…と足の向きを変えて歩き始めた。




ーーー10年前、私が仕事から戻ると既に彼の姿は部屋の中になかった。

あの時見届けられなかった背中を、今こうして目に焼き付けている。

あの頃なら追いすがったかもしれない人を、強い気持ちで見送っている自分に気がついた。




背中が小さくなってから後ろに立つ人に向き直った。

文字の上に想いをのせてきた人に、文字以上に語りかけたい。