「そうね…。それはそうだけど…」


暗い声で呟かれた。
意味が分からず、一体何事ですか?と聞き直した。


「何事って…聞いてないの?クルミさん、今度故郷に帰るんだそうよ」

「故郷……?」


頭の中にあのレターセットの海景色が思い浮かんだ。彼女の故郷には、海は見えないと言っていたのに。


「帰るからって、慌てることもないんじゃないですか?誰だって帰省くらいするでしょう」


ましてや家族持ちなら当たり前のことだ。
そんなことをどうして慌てふためくのやら。


「単なる帰省じゃないのよ!向こうでずっと暮らすつもりなの!」


電話口の側から萌子さんの大きな叫び声が響いた。
どうやら先生の隣で、ずっと会話を聞いていたらしい。


「…あの……どういう事かさっぱり分からないんですけど……」


彼女が故郷で暮らすことをどうしてそんなに心配するんだ。
家族も親もいる場所で暮らすことが、そんなにいけない事なのか?


「ああもうっ!この人本当に埒が明かないわ!芽衣ちゃん、ちょっと替わって!」


業を煮やして萌子さんは受話器を取り上げた。
息を荒くして出てくると、俺に向かって大きな怒鳴り声を上げた。


「クルミさん、故郷へ帰ったら二度とこっちには来ないのよ!子供さんと一緒にご実家に住むんだって!」



「…いい事じゃないですか……」


旦那と子供と両親が一緒。
実に幸せそうだ。