「…健人くんより4つも上のおばちゃんなんですが。」
「…年の話されたら、弱いです。おばちゃんではないけど、でも、綾乃さんに男として見られていないのは知っていたし、頼りないのも…事実なので。」
「頼りないなんて言ってない。」
「え?」

 綾乃は真っすぐに健人を見据えていた。さっきまでのとろんとした目ではなく、真っ直ぐな目が健人を捉えて離さない。

「頼りないとは思ってない。でも、健人くんがあたしなんかのどこを好きになってくれたのかわからないし、健人くんのことも知らなすぎる。だから今、好きって言ってくれたことに対して正しい返事ができない。」

 綾乃らしい答えだと健人は思った。嘘偽りのない、真っ直ぐな返事。それに健人は自然と微笑んだ。

「付き合いたくないわけでも、恋愛したくないわけでもない。でも、今仕事が一番大事だから、そんなあたしのことをもっと知って、健人くんのことをもっと知って、あたしも健人くんも今のお客さんと店員さんの距離よりもずっと近付きたくなったら付き合いたい…と思う、かな。うん。今現状ではそう言うのが精一杯。」
「…充分です。綾乃さんらしくて、ますます好きになりました。」
「え、今の発言のどの辺が?可愛らしさの欠片もない、むしろリアリティだけを追求したみたいな言葉だけど。」
「でも嘘がないです。それに僕ももっと綾乃さんのことを知りたいです。」

 知ったとしても、嫌いになる気もほとんどしないから。だから教えてほしい。もっと、深く、あなたのことを。

「意外と押しが強いタイプなの?」
「…どうでしょう。生まれて初めて告白しました。」
「え、えぇ?そうなの?あ、あれでしょ、告白されてた側の人間でしょ。」
「違います。…こういうの、初めてです。」
「え、…は、初めて?ちょっと待って。このまま付き合うことになったらあたしが健人くんの最初の女…?それって責任重大じゃない?」
「…そうですね。」

 その一言で、焦ってみたり、でも笑ってみたり、表情をくるくると変える綾乃はやっぱり面白い。そして可愛いと思う。こんな顔を初めて見た。初めて見る顔が増えていくのが素直に嬉しい。

「ひとまず帰りませんか?寒いし、綾乃さんもやっぱりまだふらふらしてるから。」
「…そうする。」

 健人はもう一度屈んだ。それにそっと体重を預ける綾乃。柔らかく、愛しい重さに、健人の頬が緩んだ。