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 綾乃を送り出してからの健人の仕事は大学に行くことと、アルバイトをすること、そしてこの家の家事全般をこなすことである。

「洗い物オッケーっと。」

 流しを軽くすすいで生ごみをまとめてしまう。明日は今年最後の可燃ごみの回収だ。

「洗濯終わったし、あとは掃除機かけちゃおう。」

 窓を開けると冷たい風が吹き込んできた。12月の末、冬至も過ぎた時期の朝の空気は目を完全に覚ますには丁度いい。綾乃を抱きしめて目覚めるようになってから寝起きはすこぶるよくなったため、冷たい空気なんて本当は必要ないけれど。
 パリッと背筋が伸びる空気を大きく吸い込んだ。肺が引き締まる思いがする。今日で今年のバイトも最終日。綾乃と同じく仕事納めだ。
 
 綾乃との出会いはバイト先でだった。バイト先のパスタ屋にしょっちゅう食べに来ていた綾乃の顔はすぐに覚えた。好みの顔だったからというのもあるけれど、何よりオーナーと綾乃の話は面白かったからだった。調理の腕を早々に認められて厨房に立つことも増えるようになってからは、時折遠巻きにその話声や笑い声を聞いて、輪の中に入りたいと思ったこともあった。そんなことを思い出すと懐かしい。
 付き合うようになったのは、綾乃が泥酔してしまった日だった。仕事で盛大にやらかしてしまったと言っていた。荒れて、ワインのボトルを3本開けて、べろべろになってしまったのをよく覚えている。そんな綾乃を送って帰るように言ったオーナーは、健人の心を見透かしていたのかもしれない。ただ、それを知っていようがいまいが、その申し出は非常に有難く、口実なしではろくに会話もできない健人には願ってもないチャンスだった。