「迎えに来なくて大丈夫って言ったのにぃ~。」

 綾乃は健人の腕に頬を寄せた。健人の腕が温くて気持ちいい。健人の匂いがやっぱり落ち着く。

「はぁー…楽しかったぁ。美味しかったし。」
「…良かったね。」
「うん!」

 視界がふわふわする。何なら足元もふわふわする。前にもこんなことがあったように思う。健人が無条件にこうやって腕に抱き付くことを許してくれる人だからこそ、こうやって甘えられる。前の人は、そうじゃなかった。
 珍しい。自分がこんな風に前の彼氏を思い出すこと。健人と過ごすうちに確かに薄れていく彼を感じていたのに。

「っと…。」
「綾乃ちゃん!?」
「あ、へーき、へーき。」

 足元の覚束なさのせいで、段差に気付かなかった。あと一歩のところで大転倒するところだった。

「はー…危なかったぁー。うっかりだね。」
「…綾乃ちゃん、おんぶしようか。」
「え?」
「俺的にはこのままでも嬉しいけど、思ってたより綾乃ちゃん、酔ってるから。」
「ありがとー!健人やっさしー!」

 すっと目の前で屈む健人の背中にそっと自分の体重を預けた。ふわりと浮かび上がると、なんだかその浮遊感に心もとなくなって思わず首に巻き付けた手に力が入った。

「ぐぇ…。」
「あーごめんごめんー!力強すぎちゃったー!」
「…大丈夫だよ。」

 健人の首筋に鼻を寄せた。自分と同じ生活臭がする。それがどんなに心を落ち着けてくれるか、健人は知らないのだろうなとも思う。

「綾乃ちゃん?くすぐったいんだけど。」
「え、あー…ごめんねぇーだって健人からいい匂いがするんだもん。」
「…綾乃ちゃんと同じ匂いでしょ?」
「うん。だからいいんだよ。」

 同じ匂いだからいい。少し肌寒かった身体が、健人の熱を借りて温みを取り戻す。

「はい、到着。部屋までおぶったほうがいい?」
「ううん、大丈夫。ありがとね。」