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 季節は春になり、綾乃も今日は飲み会だった。時刻は午後11時を過ぎた。駅まで迎えに行くと言ったのに、遅くなるから大丈夫だと断られた。携帯も繋がらない。健人は我慢できずに外に出た。

(…やっぱり結構寒い。)

 春の日差しは暖かく、日中は薄手の服でも大丈夫だが夜は違う。そういえば綾乃は薄手のワイシャツで出勤した。今頃きっと寒いと思っているだろう。
 思わず早足になる。心配だ。綾乃に本当に何かあるだなんて思っていない。それでも心配なのだ。お酒が入ると可愛くなってしまう綾乃を知っているから。

「あれぇー?健人ぉ?どうしたの?」

 完全に出来上がっていた。明るすぎる綾乃が。そして綾乃の隣にいたのは、スーツを着た男。

「あ、あぁ、君が健人くん?綾乃さんの彼氏さん?本当にいたんだねぇ。」

(…バカにされてるのか、これは。)

 普段は温厚な健人も、この態度には露骨に嫌な顔をしてしまった。おそらくこの人も多少なりとも酔っている。綾乃はもっと酔っているけれど。

「だっからー健人いるって言ったじゃん。秋山さんさいてー!あたしの話全然信じてないー!」
「うわ、叩かないでって。綾乃さん!」

 カチンとくる。綾乃さん呼びにも、馴れ馴れしい態度にも、妙に近い距離にも。そして、それを無条件で許す綾乃にも。

「健人、帰ろ。」

 するりとのびてきた綾乃の腕が健人の腕に絡んだ。すりんと身体を寄せてくる様はまるで猫のようだ。こんなに懐っこくて、甘えたな綾乃は酔っていなければ見ることはできない。

「…ここまで送ってくださり、ありがとうございました。」

 健人は真っすぐにスーツの男を見据えて、感謝の意を口にした。少し言葉尻が震えたのは、酔っているから気付かなかったことにしてほしい。