「え…俺が握ったの?」
「うん。無意識だと思うけど。あと、笑ってた。どんな夢?」

 綾乃が小さく微笑みながらそう尋ねた。まだだるい身体ではあるものの、身体の奥にじんわりと何かが灯る。

「…小さい頃の夢。夢の中では、母さんと手を繋いでいたんだけど。」
「なるほど。お母さんに会ってたわけね。あー…あたしも会わせてほしかったなぁ。健人ばっかりずるい。」

 綾乃に写真を見せたことがある。その時に綾乃は微笑みながら『可愛くて優しそうなお母さんだね。健人にそっくり。』と言ってくれた。それがどれほど嬉しかったか、きっと綾乃はわかっていない。そして今も、こうして健人にとって優しくて温かい言葉を無数にくれるのだ。

「綾乃ちゃん。」
「ん?」
「もう少し握っててもいい?」
「身体を布団の中にしまうなら。」
「しまいます。」
「よろしい。」

 胸元あたりまでしか布団をあげなかったせいか、綾乃に肩まで布団をかけられる。これじゃあまるで子供に戻ったみたいだ。

「…男の子はいつか、大事な人とずっと一緒にいるために強くならなくちゃいけないんだって。」
「なにそれ。母の教え?」
「うん。夢の中で言ってた。夢の中で、俺は転んで泣いてた。」
「今日も泣いたでしょ。目が腫れぼったいよ。」
「…綾乃ちゃんに隠し事、できないなぁ。」
「しなくていいよ。あたしだってできないんだから。」

 温かい。手が、ずっと。温もりを感じることはもうできなくなったのだと思っていた。でも、そうではなかった。神様は時に意地悪で、乗り越えられなさそうな試練ばかり課すけれど、救いの手だって差し伸べてくれる。それが健人にとっては綾乃だ。

「…綾乃ちゃんは温かい。」
「体温は健人の方が圧倒的に温かいけどね。」
「…綾乃ちゃんがいてくれるだけで、いい。」
「…?」
「綾乃ちゃん以外何もいらないよ、本当に。もう本当に、何も望まない。だから…。」
「…思い出しちゃって心細くなった?大丈夫だよ、風邪も治るし、あたしもいるし。」

 綾乃がそっと、健人の額に自分の額を重ねた。

「んー…まだ熱あるからちゅーはお預けだなぁ。してほしかったら早く治しなさい。」
「…うん。早く治すね。」

 もう寒くはない。綾乃がいてくれるから。