「…健人はそれでいいの?」
「うん。綾乃ちゃんと一緒にお菓子作りたい。」
「じゃあそれでいいよ。…ってことはしこたま寝てもいいってこと?」
「うん。ぎゅってして寝よう?」
「…今日何?そんなに不安にさせるようなこと、あったっけ?」
「ないけど、…でも、べたべたしたい気分。」
「わかった。じゃあべたべたしていいけど、まずはご飯。あとお風呂入ったあとね。」
「うん!」

 ぶんぶん揺れるしっぽが見える。そんな単純すぎるこの男にも時々、謎の男心が降ってくるときがある。何によって誘発された不安なのかは、綾乃にはよくわからないけれど機嫌が直ったのならひとまずはそれでいい。


― ― ― ― ―

 有言実行とはまさにこの男を言うために生まれた言葉かもしれない。風呂に入り、ドライヤーでしっかりと綾乃の髪を乾かした後、すぐさまベッドに誘い込んだかと思いきや、本当にぎゅっと背中に腕を回してきたのだから。

「んー…いい匂い。」
「同じ匂いだよ。柔軟剤一緒だし。」
「うん。だからほっとする。綾乃ちゃん、あったかい。」
「…謎の甘えただけど、バレンタインイブだから許す。」
「ありがと。」

 額を重ね合わせると、健人が優しく笑った。

「綾乃ちゃんは不思議だね。」
「え、なんで?」
「綾乃ちゃんが帰ってくるまでめちゃめちゃ苦しかったのに、今すごーくほかほか。」
「…あたしには健人の方が不思議だけどね。」
「へへ。」

 どさくさに紛れて落ちてきたキスにはどこか甘えたい気持ちが乗っかっていて、それに応えるように綾乃の方からも唇を重ねた。くすぐるように、甘えるように唇が何度も重なって、甘ったるい空気が二人の間に充満した。

「…なんか、恥ずかしいな…これ。」
「え?」
「付き合いたてのカップルみたいで。」
「いいじゃん。べたべたしたいんだもん、今日は特に。綾乃ちゃんとちょっとだって離れたくない!」
「…はいはい。でもちょっと待って。さすがに顔が熱い。」
「…可愛い。」