少し腕の力を緩め、健人の目を見つめる。これは本当に恥ずかしい展開だ。これから作りますなんて白状することになるなんて。

「…えっと、健人とは初めてのバレンタインだし、だから…作ろうと、思いまして。いや、本当は絶対買った方が美味しいし、なんなら健人が作った方が美味しいと思うんだけどね?でもそこは、あたしも分量間違えなければ普通に美味しく作れるって思ってて…。なので今はないけど明日にはあります!あたしが作ってる間…んぐ!」

 ぎゅっと強く抱きしめられる。やっぱり、いつものパターンであれば恥ずかしくはない。むしろほっとする。

「俺、貰えるの?」
「い、いらないならあたしが食べるけど。」
「いるに決まってる。」
「むしろなんで貰えないって思ってるの?」
「…だって綾乃ちゃん忙しそうだったし。」
「忙しかったけど。でも、さすがにそこまで薄情ではないよ、あたしも。」
「嬉しい。…作ってくれるのも。」

 ぐりぐりと頭を擦りつけてくる。ぱっと目を上げると、嬉しそうな健人の目が綾乃を優しく見つめていた。
 そっと詰められた距離。目を閉じる間もなく降ってくる優しいキス。

「…後輩さんにもあげたの?」
「義理をね。ギリギリチョコって感じだけど。」
「喜んでた?」
「あいつは食べ物ならなんでも喜ぶよ。」
「こんなこと思ってる俺って心狭い?」
「…んー…どうだろ。でも、職場に配るのまでヤキモチやかれると、ごめんとしか言えないかな。そこに気持ちはないんだけど。」
「…じゃあ、俺のチョコには気持ちはある?」

 真っ直ぐな目が、綾乃を離さないと言っている。背中に回った腕が逃がしてくれない。
 こんなことを言わされなくてはならないなんて、やっぱりバレンタインは恥ずかしいイベントだ。

「あ…あるよ。なかったら土曜日はお菓子作りなんてしないでゆっくり寝ていたいもん。」
「…じゃあ、ゆっくり寝ようよ。で、起きたら一緒に作ろう?」

 柔らかく笑って、健人がそう言う。

「いや、待って。それだとあげるって言えないじゃん。一緒に作るとかルール違反じゃない?」
「違反でいいよ。明日せっかくのお休みなのに、綾乃ちゃんの隣にいられないの嫌だし。」

 こうくると、健人は多分譲らない。