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 何故こうもバレンタイン商戦は恥ずかしいのだろう。バレンタイン2日前。綾乃は仕事を早めに切り上げてデパートの地下を歩いていた。

(どこもかしこもピンク!大切な人に想いを伝えましょうとか余計なお世話!)

 まず、このエリアのウィンドウをまじまじと眺めている時点で恥ずかしい。必死感がありすぎる気がしてしまう。もちろん被害妄想も入っていることは認める。しかし、できれば近付きたくないエリアであるのに、職場で配らなくてはならないというミッションがあるため渋々やってきた。

(待って。大切な人ってそもそも職場の前に健人だ…!イベント大好き人間にバレンタインで何もしないってのは残酷すぎる…。)

 思えば健人と過ごすバレンタインは初めてである。3月の終わり頃に付き合い始めて、夏休みを期に同棲が始まった。あまりに日々同じ時間を過ごしているため、もう長いこと一緒にいる気がしてならないがそんなものは錯覚である。今回が初のバレンタイン。これは本来、こういった類のイベントに一切やる気、興味のない綾乃も少しは頑張らねばならないところである。

(健人には既製品じゃもしかしてまずい…?)

 しかし、料理の腕前は全般、健人の方が上である。そんな健人に手作りお菓子を披露するなんて考えただけでも恥ずかしい。恥を晒しすぎだ。

(…まずい。これは一体どうするべきか。)

 一人で解決できないことは、すぐ相談して自分よりも経験値の高い者に教えを乞う。綾乃はスマートフォンを取り出した。

「あ、もしもし?聡美?助けて。」
『あんたは突然早く帰ったと思ったら今度は電話かい。何ですか用件は。こちとらまだ職場だっつーの。』

 不機嫌な声にめげている場合ではない。

「ねぇ、聡美は手作り?それとも既製品?」
『何の話?』
「バレンタイン!」
『あー…。そうね、職場は既製品。彼氏とはご飯食べに行くけど。』
「え、チョコはなし?」
『いや、作るよ。』
「え、作るの?待って。そんな時間はどこに…?」
『だって土曜のディナーだもん。昼間に十分時間はあるでしょ?』

(ないよ!一緒に住んでてキッチンは奴の城だもん!)