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 ふんふんと鼻を鳴らす彼氏もとい飼い犬は、飼い主の手を握ってご機嫌だ。

「綾乃ちゃん!」
「なんでしょう?」
「甘いもの、食べたくない?」
「健人が食べたいなら寄ろうよ。映画まで時間あるし。」
「いいの?」
「もちろん。」

 手から伝わる温もりは優しい。綾乃の方から少しだけ強く手を握り返すと、健人がそれに気付いて口を開いた。

「…へへっ。」
「…単純だなぁ、ほんと。」
「だってさ、嬉しいんだもん。綾乃ちゃんと手を繋ぐって久しぶりだから。」

 確かに綾乃と健人は抱きしめ合ったり、キスをしたりすることはあってもあまり手は繋がない。綾乃が気恥ずかしくて何となく避けてしまうのが理由だ。

「…今日は寒いからね。」
「1月ももう終わっちゃうもんね。…この前あけましておめでとうって言ったばっかりだったのに。」
「ほんとだよ。年々加速して年をとる…。」
「あー!また綾乃ちゃんはそういうことを言う…。」

 顔をしかめながらも、繋がれた手は緩まない。子供体温が今日は素直にありがたい。

「ホットココアが飲みたい。」
「うん!ここにしよう。」

 お洒落な雰囲気のカフェだ。中を見ると思っていたより若い子が多く、一瞬怯む。

「あれ、健人?」
「お、健人じゃん!」
「…ってことは一緒にいる人は…。」
「そう。彼女の綾乃さん。」

 …気まずすぎる。そして若いオーラに負けそうになる。というか負けている。大学生男子のきらびやかさに、24歳の綾乃は死にそうだ。

「は、はじめまして。湯本綾乃と申します。…えっと、健人の彼女です。」

 綾乃は小さく頭を下げた。健人が言ったことを繰り返しただけだが、これで良かったのだろうか。顔を上げると健人の友人二人はニヤッと笑って健人を小突いた。

「なぁるほど。これが噂に聞く綾乃さんな?」
「噂…とは?」
「ああああもう!何言ってんだよ!もう帰るんだろ?帰って帰って!デートの邪魔すんな!」
「はいはい。んじゃ、詳しくは月曜なー。」

 嵐のような二人は去り、残された健人と綾乃の間には少しの間、沈黙が落ちた。先に口を開いたのは健人だった。