「だってさ、勝手じゃない?」
「そうだけど。でも、本当の綾乃ちゃんの寝顔とか笑顔とか泣いた顔とか色んなものを独り占めしてるのは実際のところ俺だし、よくない?」
「…そういうところが強いんだよね、…知ってた。」
「え…な、なんで一人で納得してるの?」
「あなたはそういう人でした。はい、以上!あたしの心が狭かったです!」
「ち、違うよ!そういう意味で言ったんじゃ…。」
「北海道くんともっと仲良くしてやるんだから!」
「ちょっ…それはだめ!」

 珍しく大きな声でそう言われて、綾乃の目は丸くなった。その表情に気付いた健人が慌てて口を開く。

「ご、ごめん!まさかこんなに大きな声が出るとは…でもだめ。綾乃ちゃんは俺とだけ仲良くしとけばいいんだよ。」
「…なにそれ、今更ヤキモチ?」
「今更じゃなくて、北海道くんには結構妬いてるけど。」
「へ?」
「え?あれ?言ってなかった?」
「初耳!」

 頬張ったトーストが口から出そうになって、なんとか押しとどめる。さすがに口から食べ物をはき出すわけにはいかない。

「さっきはああ言ったけど、あれはそうでも言い聞かせないともたないでしょ、俺が。職場に行けるわけでも働いているわけでもないから、本当のところはよくわからないし。でも、綾乃ちゃんは多分仕事場では見せない顔をたくさん俺に見せてくれてるでしょ?」

 綾乃はトーストを頬張ったまま頷いた。

「北海道くんとこれ以上仲良くなるのは嬉しくないけど、仕事で仕方ない部分があるなら、ちょっとは…ほんの少しは我慢できます。」
「突然なんで敬語?」
「…何となく。」

 健人がコーヒーカップに手を伸ばし、すすった。二人ともブラックは飲めないから程よくミルクを混ぜて甘くしてある。

「じょーだんだよ。北海道くんと仲良くというか、仕事は一緒になるけど、それでどうこうっていう気はないしね。それは向こうも。だから気楽で好きなんだよね、あたしも。」
「好きってどういう意味?」

 にこやかな表情が逆に怖い。綾乃もコーヒーをすすってトーストを流し込む。

「深い意味はないです。」
「そうじゃなきゃ困る。」

 健人と迎える目覚めは、いつだって穏やかだ。だから綾乃はこの時間をとても好ましく思っている。