「終わったよ。」

 ティッシュを丸めながら、綾乃はそう言った。それでも綾乃の腕にしがみついたままのこの男は、いつもよりもずっと幼く見える。

「…健人?そんなに怖かった?」
「…怖かったけど、今はちょっと情けなくて。」
「情けない?珍しいワード。」

 健人の頭上に垂れ耳が見えるほどにしゅんとしている。それでも綾乃の腕を離さない。

「女の人って強い男が好きじゃん。」
「は?」

 いきなり飛躍した話に綾乃の思考がついていかなかった。強い男は嫌いじゃないが、一体それが何だというのだろうか。

「虫一匹殺せなくてこんな風に綾乃ちゃんにしがみついてさ…しがみつけるのは嬉しいけど、…かっこ悪いなぁって。」
「だって怖いんでしょ?苦手なんでしょ?」
「それはそうなんだけど。」
「健人が不得意なことを得意みたいにやってたとして、それをかっこいいとは思わないけど。」
「え?」

 全く何もわかっていない、この男は。そんな意味を込めて綾乃は盛大なため息をついてやった。

「え、えぇ?あ、綾乃ちゃん怒ってる?」
「怒ってない。むしろ呆れてる。」
「ど、どちらにせよよくないじゃん!ちゃんと直すから教えて。」
「…直さなくていいって話なんだけど。まぁ、確かに健人はかっこいいって言うよりは可愛いところが多いと思うよ。だけど、ちゃんとかっこいい瞬間もあるから。健人は苦手であたしは苦手じゃないからあたしがフォローする。それで良くない?」
「…綾乃ちゃんはそれでいいの?」
「いいに決まってる。健人には別のところでフォローしてもらってるんだから、虫はあたしがやるよ。」
「そっか。」

 そう言うと、健人は人懐こい笑みを浮かべた。そして綾乃の頬に自らの頬を寄せて頬ずりした。

「…な、なに?」
「綾乃ちゃんのこと好きだなって思って。」
「それがほっぺすりすり?」
「うん。ほっぺすりすりしたいなって。」
「…気の済むまでどうぞ。」
「へへ。ありがと。」