「え?」
「え!?むしろ違うの?」
「ちょっと待って。なんでそんなに焦ってるの?」
「だって、このままずっと綾乃ちゃんと一緒にいたら結婚するでしょ?」
「おー…そっか、うん。そうね、結婚するかもしれないね。」
「するかもしれないなの?」
「だって明日するわけじゃないじゃん。今すぐ決まらないことは全部かもしれない、でしょ。」
「…ま、まぁ…まだ綾乃ちゃんと同じ土俵に立ってもいないし、…プロポーズもできないけどさ。」
「はい、それで?」

 少しずつ声が小さくなる健人に、からかいたくなる悪戯心が疼いた。最低なのはわかっている。

「…でも、する気はあるし、それで、結婚したら俺と綾乃ちゃんがパパとママになるタイミングは同じでしょ?」
「…確かに。それが同じじゃなきゃ離婚だわ。」
「離婚しないよ!」
「結婚もしてません。」
「してないけどするし!」
「在学中はないよ。」
「わかってるよ!」

 わかってるんだ、と思うとつくづく健人は堅実派だ。自分と同じ土俵に立つことをやっぱり気にしている。それはもしかすると男のプライドというやつなのかもしれない。だとすると、女の綾乃がとやかく言ってもきっと無駄だ。それに、そのプライドのために奮闘する健人は絶対に可愛い。

「じゃあ、あたしはとりあえず待ってるよとだけ言っておくね。」
「待っててくれる?」

 すぐさま聞き返すところも何か、健人らしい。

「待っててあげましょう。ドライヤーの上手さに免じて。」
「…ありがたき、幸せ…?かな。幸せ、だね。」
「あー何その態度!他の男に乗り換えるからな!」
「うわーだめだめ!それだけは絶対だめ!」

 ぎゅっと後ろから抱きしめられる。同じボディソープの匂いがする。
 焦る必要なんて健人の方には本当はないのに、こうして焦ってくれることが正直嬉しくもある。健人の周りには綾乃よりも若くて綺麗な子、可愛い子はわんさかいるはずなのだ。それなのに4歳も年上の女を選んだ健人の方がどう考えてもおかしい。きっと乗り換えるなら自分ではなく、健人だと思う。(ただ、そんな軽薄な奴ではないことも知っている)

「…ないよ。そもそも恋愛は得意じゃないの。」
「得意になんかならないで。」
「じゅーぶんすぎるくらい甘えさせていただいてます。」
「えーそれは絶対俺の方がだし。」

 それは絶対に違う。けれど、言わない。それは年上のプライドで。