「うー…思い出すと頭痛くなってきた。」
「え!?なんで!?」
「…嫌なことまで思い出したから。」
「嫌なこと?」

 スクランブルエッグを作る手は止めずに、健人は綾乃の方を向いた。目尻が下がると小型犬みたいに見える。

「何かあったの?」
「…健人にとっては嫌な話かも。」
「え、俺にとっても嫌な話なの?なんで?」
「…いつも仲良くしてる…っていうか、懐かれてる後輩いるって言ったじゃん。」
「あー、うん。あの…どこだっけ。あ、北海道から来た人だよね。」

 今年に入って、綾乃には後輩ができた。北海道出身のノリのいい体育会系の男の子だ。彼と同期と綾乃の3人で飲みに行くことも今年は多かった。

「副社長がさ…いい感じじゃないかだって。あたしちゃんと彼氏いるって言ってるのにさ。まぁ、もちろんそんな風には見えないから信じてもらえてないんだとは思うけど。」

 思い出すと苛々してきた。彼氏はいる。目の前に。なんなら毎日同じベッドで寝ているくらいにラブラブな(?)彼氏だ。いや、それは言いすぎた。でも、仲はいい。

「どーしてまっっったく関係のない人が関係のないこと言うんだろ…社会って理不尽。」
「関係ないから言えるんじゃないの。」
「そりゃそうだけど。でもあたしにも健人にも失礼じゃん!」
「まぁ、そうだね。さて、綾乃ちゃんが何も言わないからとりあえず今日はトーストと、昨日作っておいたミネストローネ、あとスクランブルエッグにしました。あとサラダはちょっと待ってね。」
「…ありがとう。今日も美味しそう。」

 綾乃がそう言うと、健人はいつもみたいに優しく笑った。健人はもっと怒っていいと綾乃は思っていた。それなのにこの男ときたら淡々と調理を済ませ、笑ってやがる。いいけど、よくない。

「ねぇ。」
「ん?」

 サラダののったボウルをテーブルに置いて、健人は綾乃の向かいに座った。

「怒んないの?」
「怒る?どうして?」

 多分健人は首を傾げたら綾乃よりも可愛い。