* * *

「綾乃ちゃん、お風呂ー。」
「綾乃ちゃんはお風呂じゃありませんー!正しい日本語を使いなさい。」
「おっとごめんね!綾乃ちゃん、お風呂入りましょう!」
「…はい?」

 一緒にお風呂に入ったことがないわけではないが、特にそういう雰囲気でもなかったのに、やっぱり今日の健人は変だ。

「綾乃ちゃんの背中、流してあげたいなーって。」
「あ、ああ、そういうことね。」
「ん?あーもしかして、違うこと考えた?」
「んー…ちょっとね。」
「してもいいなら…まぁ、したいけど。でも、綾乃ちゃん今日まで仕事だったし、疲れてるでしょ?疲れてるのに自分の都合だけでいちゃいちゃしたいとか思ってないよ。…我慢は、できます。」
「そうなんだよね、健人は。忠犬だもんね。いいこいいこ。」

 綾乃は健人の頭を撫でた。悔しいくらい髪が柔らかくて、将来ハゲてしまわないことを切に願っている。忠犬は撫でられるのが好きなのだということは表情を見れば一目瞭然だった。目を細めて、口元は全開に緩んでいる。自分の身体を労わってくれて、自分の心も労わってくれる、心優しき忠犬にはご褒美をあげなくては。

「綾乃ちゃんが撫でてくれるの、大好き。」
「知ってる。だからご褒美?」
「何のご褒美?」
「『待て』の。」
「そっか。でも待てってことは、綾乃ちゃんのお休み中にはいいってことだもんね。」
「…そう解釈したか…。まぁいいけど。」
「やったー!そうと決まれば早く入ろう!疲れ、早く取っちゃおうね!」
「…はいはい。」

 綾乃の背中をバスルームまで押す手が嬉しそうだ。そんな姿にはやっぱり笑ってしまう。

「え?」
「やーだってさぁ、単純っていうか素直なんだもん。」
「楽しみが一つ増えたもん。それに今日だってエッチなことはしないけど、一緒にお風呂には入れるし。」
「…そうですね。」
「入ろう入ろう!」

 無邪気に喜ぶ姿に、やはり可愛さを覚える。愛しい気持ちもないわけではないけれど、可愛いと思ってしまう。