「あ、あれあれ!壁ドン!」
「壁ドン?あー…でも確かにあれ、できないかも。痛そうだし、怖くない?」
「…そうなんだよね。壁ドンあたし全然ときめかない。あれってときめきのドキドキじゃなくて、恐怖のドキドキでしょ?ほんっとあれでときめくなんて軽率すぎじゃない?」
「…確かに、綾乃ちゃんは嫌いそう。」
「あ、でも一応やってみる?ご飯も食べ終わったしさ。」
「…えぇ…上手くできるかな。」

 玄関のドアを閉め、そこを背にして綾乃が立つ。あまり乗り気ではない健人も綾乃が立ってしまった以上やってみるしかない。やったことなど今まで一度だってない。

「…これ、どうするの。綾乃ちゃんの顔の横に手をドンってつくの?」
「多分そう。」
「やるよ。」
「うむ。やってみよ。」

 ドン、と強く置かれた手。全く恐怖を感じない。むしろ笑いが込み上げてくるから不思議だ。

「…やっぱできない。」
「知ってた。」

 トンと綾乃の肩に乗った健人の頭。優しい重さに、頬が緩む。

「待って。この方がきゅんとくる。」
「え?」
「このどうしようもなくて頭を乗せちゃったみたいな方がきゅんとくる。恐怖でどうこうじゃなくて。これいい!」
「…これいいって言われても、壁に追い詰めたくなるようなこともないんだけど。」
「確かに。我々は平和だ。」
「だから普通にごちそうさましよう。」
「そうだね。」

 食卓について、二人で手を合わせる。

「ごちそうさまでした。美味しかったです。」
「ありがとう。」