「すん……」



しばらくして、耳元で鼻をすする音が聞こえた。




な、泣いてる……!?




「ごめん……最近、気まずくて少し避けてた」



そんなことで泣いてるんだ……



少し可愛いと思ってしまった。



「ううん、私だって、気まずくて……。お互い様だよ」



「こんな弱虫だけど、千代のこと好きでいていい?」




「……うん、いいよ」




「気づいてもらおうとして気づいてもらえなくて、勝手にヤキモチばかり妬いて、悩んで、結果好きって伝えて、でも千代はまだ答えをくれないんでしょう?」



答えをくれない……か



誰かを好きなんて、今までなくて、だからあんまり良くわからなくて。



圭くんに好きって言われても、悠太に好きって言われても、上手く答えは出せない。




曖昧なまま。




「……」




「いいよ。僕、頑張るから。気持ちを伝えたからには、今まで以上に積極的になるからね」



耳にかかる、悠太の吐息。



「うぇっ?」



反射的に、変な声が出た。


「ふっ、なにその声」




「な、なんでもないっ」




ゆっくりと離れる悠太の体温。




なんだか名残惜しい。




「さて、ここからは千代が話して?話したいことがあったから、ここに呼んだんでしょう?」



悠太の目が、少し赤い。



本当に泣いてたんだ。



「話したいこと……」



そんなの、もう解決したよ




「ううん、もういいの。悠太の口からいろいろと聞けたから」





「そ、そう……?」




「うん」




私は、微笑んだ。




「そっか……なら、今日はとりあえず帰ろうかな」




「帰っちゃうの?」




もう少しいればいいのに



折角来たんだから




「千代は、帰って欲しくないの?」




「すぐ帰っちゃうなんて嫌だなって_____ち、違うの!嫌とかそういうのじゃなくて、折角来たんだから、もう少しゆっくりしていけば良いのになって……思って」




「もう、千代は素直じゃないなぁ」




「だから、違うってば!」




どうしてこんなにも意地を張っているのか、自分でもよくわからなかった。




「残念だけど、帰るよ。今の僕、情けない顔してるし」




「分かった……」




「明日、いつものレッスン室で練習があるんだ。来てくれる?」




「も、勿論!」




「じゃあ、迎えに来るね」




そう言って、悠太は帰っていった。




ここに来て、まだ30分も経っていなかった。




だけど、なんとなくあの時間が長く感じた。