アラビアンナイトの王子様 〜冷酷上司の千夜一夜物語〜

 当たり前のことだが、政臣が居なくなっても、もう元の居場所には戻れない。

 子供を抱えて、職も見つからず、政臣に会社まで捨てさせ、逃げたやましさから、親にも誰にも頼れなかった母は生活に困窮し、夜の街で働き始め、そこで出会った男に付きまとわれて、殺された。

「参観日には来てくれるって言ってたんだっ。

 自分が行ったら、僕が肩身の狭い思いをするだろうって言いながらもっ。

 あんたさえ居てくれたら、母さんは惨めに汚い路地裏に転がって死ななくても済んだのにっ」

「だから、撃てと言ってるだろう、遥人」

 政臣は溜息をついてそう言う。

「どうせ、わしの命は長くない。
 なら、最後の瞬間をお前にくれてやろうと言ってるのに。

 母親ゆずりだな。
 決断が出来ないのは」

 遥人は唇を噛み締める。

 だが、悲しいことに、政臣がわざと自分を怒らせようとしているのが伝わってきて、余計指が動かなくなる。

「私は、お前の母親にこのまま逃げようと言ったんだ。
 だが、あの頃から、わしには、今の病気の兆候が見られたから。

 お前の母親がわしの家に連絡して、わしを実家に引き戻したんだ。
 わしに万全の治療を受けさせるために。

 あとから探してみたが、もうお前たちは姿を消していた。

 あの頃はまだ、わしの妻が生きていたからな。
 それを押しのけてまでというのは、お前の母親には出来なかったんだろうな」