アラビアンナイトの王子様 〜冷酷上司の千夜一夜物語〜

「……専務は何故、これを見て私だと思ったんですかね」

 非常に不満げにしゃがんだまま訊いてみたが、後ろに立つ遥人は、
「可愛いじゃないか」
とあっさりと言う。

「可愛いからだったんですか?」

 本当か? と振り返り、そう問いただすと、
「なにも考えてなさそうだしな」
と案の定、付け加えてきた。

 やっぱりそっちじゃないですか……。

 しばらくカピバラを堪能したあとで、他の人に場所を譲った。

 立ち上がり、歩き出すと、いっそう寒い。

 手袋持ってくればよかった、と那智は手のひらをこすり合わせる。

「寒いか」
と訊かれ、はい、と答えると、

「そうか。
 さっきから、ハエのように手をこすり合わせているから、そうかなと思った」
と遥人は言う。

 那智ほどには寒さを感じていないようだった。

 当たり前だが、スカートでないせいかもしれない。

 湖にかかった橋を渡りながら、
「その辺に手袋でも売ってないか」
と訊いてくる。

「あの、二、三、突っ込みたいことがあるんですが。
 まず、年頃の娘をハエに例えるのはどうでしょう。

 もうひとつ、こんなときは、カップルだったら、手とか握ってくれるんじゃないんですか?
 そういうセリフのあとには」

「……そんな高校生みたいな恥ずかしい真似はできん」

 少し赤くなって遥人は言った。