海岸へ行くと突然、渚が立ち上がった。


「渚?」


渚はふらふらする足をなんとか立たせてひとりで海に向かおうとした。でも一歩、二歩と歩いたところで渚は倒れた。


「渚!」


俺が駆け寄るとすぐに俺を支えに立ち上がろうとした。


「私…海…に行きたい。入りたい。水を感じたいの…」


それが渚の願いならと俺は何も言わず渚を手伝った。またゆっくりと砂浜を歩く。
小さな音が波の音と混ざって海だと感じさせる。


足首まで冷たい水が近寄ってきた。
引いては戻り、戻っては来る。
そんな繰り返し。


「私は幸さんのこと…思い出せるでしょうか…」


足首が完全に浸かると渚は足を止めた。悲しそうに海を見つめる渚に…俺は彼氏としてキスをした。


出会った時から渚を好きになった。
今思えば好きになってよかったって思う。
こんなに人を心配して人を大事にして似通ってくれて愛してくれて…こんなことができるのは渚以外いない。


渚が戻ってきたら正式な結婚式をしよう。
馬鹿な考えだけど卒業して大学行って
家作って家庭作って一緒に過ごそう。
これから先もずっと俺の手を握って
隣を歩いてくれるよな。


愛してるよ渚。


だからもう一度。
名前を呼んで?そして好きって言って。
それだけが俺の愛する人への願いだ。


「ゆ、き…」


俺がどれだけこの呼び方になることを望んだのか…今、戻ってきた渚は知らねぇんだろうな。