クリスマスイブになった。俺は、大部屋に入院している子供たちの病室を回って、お菓子や小さなおもちゃを配ってまわった。サンタ姿の俺はどこでも大人気で、写真も撮らせてくれと頼まれた。そうしてすっかり遅くなったが、愛梨ちゃんの部屋に向かうと、彼女は眠そうに目をこすりながら待っていた。しかし、俺が入っていくと、小さく万歳をしてくれた。

「サンタさん、待ってた」

「お待たせ。どう、似合う?」

「似合う、ほんとにおじいちゃんみたい」

「なんだそりゃ。老けてるの?」

俺たちは、顔を見合わせて笑った。不安な心を抑えた愛梨ちゃんの笑顔はこわばっていたが、彼女は俺を気遣ってくれていた。子供というのは、本当にやさしい。そして、病気の子ほど聞き分けが良くて、親切だ。それは、俺が経験した真実なのだ。

夕飯が終わった。俺は、持ち込みで簡単に夕飯をすませたあと、リュックから寝袋を取り出した。登山部だった時に買った懐かしい代物だ。愛梨ちゃんは、寝袋を見て目を丸くした。

「みの虫みたい」

彼女は、今が盛りのクリスマスローズのように、微笑んだ。そして、俺の方に手を伸ばした。

「お兄さん、手を握っていて」

「怖い?」

「……ちょっと」

「ちょっと?」

「……いっぱい」

俺は、目もとに笑みを浮かべて、彼女の赤ん坊のえくぼのようなくぼみができた手の甲に、自分の手を重ねた。

「大丈夫。おやすみ」

「おやすみ」

消灯になった。しばらくは、俺も起きていて、何かあれば彼女を救うつもりでいた。だが、昼間の大道芸で体を酷使していたせいで、零時を回る頃には、うつらうつらと舟をこぎ始めていた。

「……わい」

何か、つぶやく声が聞こえた。俺は、寝ぼけながらも、神経はとがらせていたらしく、すぐに起きた。


「どうした、愛梨ちゃん」

「……パパ、怖い、怖い!」

愛梨ちゃんは、うなされていた。悪夢を見たのだろう。俺は思わず彼女の手を握りしめた。夢の中でも、病魔に侵され、命を奪われそうになるのか。

「しっかり、大丈夫だ、お兄さんがいるよ」

「お兄さん、サンタさん、パパ!」

愛梨ちゃんは泣き叫んだ。どうするか。夜勤の看護師を、ナースステーションまで呼びに行くか。しかし、その間に何かあったら……。俺は、必死に彼女のぬくもりを確かめるように、そして自分の体温で温めるように、祈り続けた。

(サンタ、神様、誰でもいい、俺の命を取ってくれ!そして、愛梨ちゃんの苦しみを和らげてくれ!)

その時、俺の目の端に、粉雪が降っているのが見えた。はっと彼女の手を取ったままふり向くと、月の光に照らされて、雪の花びらが舞っていた。そして、かすかな歌声が聞こえた。

(あの歌……”Es blüht eine Rose zur Weihnachtszeit”(「クリスマスに咲く一輪のバラ」)だ………。教会が、近くにあったか?クリスマスソングを歌っているのか?))

俺は、その歌を大学のドイツ語の授業で歌った。歌詞はおぼろげながら覚えていた。

「愛梨ちゃん、愛梨ちゃん。起きて」

俺は愛梨ちゃんをそっと揺さぶった。彼女は泣きやんで起きた。

「聞こえる?クリスマスの歌だ……サンタさんだよ。本物だ、きっと」

俺は、少しずつドイツ語を訳して聴かせた。

「『クリスマスに、バラが一輪咲く……外に、氷と雪の中に。……クリスマスに希望が緑づく……心の中に、静かに。……クリスマスローズ、クリスマスローズ……聖夜の花……』」

「きれい。きれいね……」

愛梨ちゃんは、また涙ぐんだ。

「ママが、クリスマスローズが好きだったの。パパも……好きなのよ。希望の花に、なるかしら……」

俺は、愛梨ちゃんを抱きしめた。とっさのことだった。何もかまってはいられなかった。患者の子供に、あまり触れてはいけないのは不文律だったし、申し渡されてもいたのだが、そんなことはすっかり頭から消えていた。

「おやすみ、愛梨ちゃん。俺も、いる。サンタも、いる。ママも、パパもだ」

彼女は、そのまま俺の腕の中ですやすやと寝息を立てた。俺は、そっと彼女をベッドに寝かせ、自分も寝袋にもぐりこんだ。手はしっかりと握りしめたまま。