愛梨ちゃんは、果たして部屋にいた。少し顔色が悪いが、酸素マスクも取れて、容体はまずまずのようだ。俺は、おどけて「こんにちは」と唄うように、弾んで言った。これは子供に受けがよいあいさつで、愛梨ちゃんも、かすかに笑ってくれた。

 「さてさて、愛梨ちゃん、ごきげんいかが?」

 俺は、リュックからパペットを取り出して、腹話術をした。愛梨ちゃんは、くすっと声を立てた。

 「かわいい」

 「ありがとうございまする、お姫様」

 愛梨ちゃんは、いっそう声を立てて笑った。いつもの愛梨ちゃんだ。俺は安心して、リュックにパペットを片づけ、また担いだ。愛梨ちゃんのベッドのそばには、花が一輪差してあった。クリスマスローズだった。

 「きれいな花だね」

 「ありがとう。パパが、差してくれたの。わたしね、バラが好きなの」

「そう。いいパパだね」

「うん……」

 愛梨ちゃんはうつむいた。

「クリスマスしか来てくれないけど。ママが死んじゃってから、新しいママと結婚したの。今は、もうそのママに夢中。忘れてるの、わたしのことなんて」

俺は、子供たちの詳しい事情を説明された時、愛梨ちゃんの複雑な家庭環境を聞いたのを思い出した。母親は他界、父親は継母と結婚し、多忙と新しい家庭にかまってばかりで、クリスマスの前数回にしか面会に来ないという。

(忘れていた。傷つけたかな)

「愛梨ちゃん、愛梨ちゃん。ごめんね。そのかわり、お兄さんがサンタになるから。何をしてほしいか、言ってごらん。そうしたら、クリスマスの日にかなえてあげる」

俺は、愛梨ちゃんの手をとった。まだ幼い彼女のふっくらした手は、震えていた。

「ほんと?」

「ほんと、ほんと。サンタは嘘つかないぞ~」

 「変顔」をして、俺が約束すると、彼女はぽつりとつぶやいた。

「命が、ほしい」

「え……?」

俺は、真顔になった。命、だって?

「わたし、クリスマスが手術なの。最近、からだが重くて、調子がよくないから、きっと死んじゃう。でも、生きていたいの。パパに、会いたい。もう一度、パパに」

愛梨ちゃんの、つぶらな瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それをきっかけに、彼女は号泣した。

手術の前で、どんなに心細いことだろう。俺は健康で入院などしたことがないが、それはどんなに彼女が望んでいる「願い」そのものだろう。俺は、ただ愛梨ちゃんのベッドのそばに立って、彼女の背中をなでた。

 「命は、神様に任せよう。そのかわり、クリスマスイブには、一晩中ついているから。愛梨ちゃんが心配しないでいいように」

「ほんと?」

「もちろん」

俺は、もらい泣きしそうな悲しみを抑えて、ニカッと笑って見せた。愛梨ちゃんも、微笑した。そして、看護師が夕飯を運んできた。そろそろ、居酒屋のバイトの準備をしないと。俺はそっと立ち去った。