ウサギとカメの物語 2



お風呂に入っている間、私はひたすらカメ男が「梢」と呼んでくれている妄想を繰り広げた。
なにしろ私、妄想が大好きですから。
以前はほぼほぼイケメンとのデートやらなんやらを妄想していたはずなのに。
まさか妄想の相手がついにカメ男になるなんて、よっぽどだなぁと思い知らされる。


温まった体に気合いを入れて部屋着を着た私は、髪の毛をタオルで包んでカメ男のいる部屋へ戻った。


ヤツはすでに髪の毛を乾かしたあとで、ベッドにゴロゴロしていた。
手には「実践テクを極める!ボルダリングレベルアップのコツ~中級編~」と表紙に書かれた本を持っていて、寝転がりながら読んでいる。


「ドライヤー借りるよ~。……しゅ、しゅ、……。しゅ……」


何気ない会話に「柊平」を入れたいのに、なかなか言えずに結局またエア手裏剣を投げてしまった。
私が使うだろうと思ってテーブルに出したままにしてくれているドライヤーをつけて、濡れた髪の毛を乾かす。


カメ男も私の話を聞いてるのかいないのか、返事もせずに本を読んでいる。
たぶん、聞いていないんだろう。


もう、今日は名前を呼んでもらうのは諦めるか……。
なにしろまず自分がヤツの名前を呼べないんだから。
名前なんて別に今すぐどうこうなる訳でもないし。


ドライヤーの音に紛れさせながら、私はポツンとつぶやいた。


「柊平……」


騒音の中ならすんなりヤツの名前も言えるのになぁ。
どうしてこうも顔を見ると言えないのか。
もしかして私って本当に本当に、精神年齢が中学生レベルなんじゃないのかな。
笑えない。本気で笑えない。
そもそも貧乳の時点で中学生よりも下なんじゃ……。


悶々と考えていたら、ドライヤーを持つ手を後ろから掴まれた。


突然のことにビックリして振り返ると、カメ男がそばまで来ていて私の顔を覗き込んでいた。


「なに?」


私が尋ねると、ヤツは「あれ?」と首をかしげた。


「今、呼ばなかった?」

「……………………何を?」

「俺の名前」


言われた瞬間、ドライヤーに紛れているから聞こえないと思ってつぶやいたヤツの名前がしっかり本人の耳に届いてたということが理解出来た。
それと同時に恥ずかしすぎて叫びたい衝動を抑えるのが大変だった。