「大野、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
さっきのお昼休みに、カメ男との関係を知られないためにもヤツとは会社では必要最低限の会話しかしないと誓ったはずなのに。
たぶん、仕事のことで話しかけてきたんだろうけど、あっさりそばまでやって来てなんだかボソボソしゃべっているカメ男を、私はこれでもかというほどギッチリ睨みつけた。
超のつく鈍感男が私のその睨みに気がつくわけもなく。
カメ男は手元のクリップで何枚か留められたレジュメに視線を落として、耳をそばだてればやっと聞こえるくらいの声のボリュームで話を続けている。
「……で、この資料からさっき言ったのをピックアップして、藤代部長に提出して………。…………………………聞いてる?」
いつまで経っても返事がないからか、ようやくここでカメ男が私の表情を確認したらしい。
睨みをきかせる私に、ヤツは特にいつもと変わらないボーッとした表情で
「具合でも悪いんじゃないの」
とつぶやく。
なによ、よりによってさっきのことがあってからすぐに話しかけてこなくてもいいじゃないのさ。
真野さんにバレてるんだっつーの!
その証拠にほら、見てみなさいよ!
さっきから真野さんが私たちのことをチラチラ見てるじゃない!(たぶん)
心なしかニヤニヤしてるじゃない!(たぶん)
「そこ置いといて。やっておくから」
自分でもビックリするくらいの冷たい口調でそう告げると、カメ男は気にする様子もなく持っていた資料をデスクに置いて「よろしくね」と言い残していなくなった。
やだやだやだ!
もうほんとにやだ、こんなの〜!!
やりづらいったらありゃしない。
違うの、カメ男〜!
冷たくしてゴメンなさああああああああああい!!
反省反省反省反省反省反省反省……。
眉を寄せたまま口をへの字にして、自己嫌悪に駆られながらヤツの背中を見送った。



