溺愛御曹司の罠  〜これがハニートラップというやつですか?〜

 


「大丈夫、という台詞を何度も聞いた気がするんだが……」

 溜息とともに、昌磨はその言葉を吐き出した。

 住宅街の道は暗い。

 先程、花音が見上げていた月明かりを頼りに、昌磨は知らない道を歩いていた。

 時折、背中に乗っているものに向かい、呼びかける。

「花音っ。
 こら、花音っ。

 このまま真っ直ぐでいいのか?」

 花音は目を開け、一瞬、道を確認したようだった。

「……たぶん」

 そう言うと、また、目を閉じ、頭を肩に寄せてくる。

「たぶんってなんだ、たぶんって……」

 花音を背負った昌磨は、あてにならない花音の誘導に従い、歩いていた。

 電車の中で、花音は、まるで正気であるかのように、ペラペラしゃべっていた。

 たまたまそこに行き合わせた人間が見たら、ああ、この人、酔ってないな、と判断しただろう。

 だが、真正面から間近に花音の目を見ていた自分にはわかっていた。

 こいつ、目の焦点が合ってるようで、合ってない。

 ずっとしゃべっていた花音が唐突に、
『あ、私、この駅です。
 今日はどうもありがとうございました』
と言い出した。

 深々と頭を下げ、降りていこうとする。