「課長っ。
素晴らしかったですっ、今日の演奏っ」
夜道を歩きながら花音は言った。
「そうか。
ありがとう。
課長はやめろ。
そして、まっすぐ歩け」
「私はね、課長と同じ時代に生まれてきてよかったなと思ってるんですよ」
「……話が壮大になってきたな。
今日は、二杯しか呑んでないはずだよな?」
と確認されたが、やはり、睡眠不足のせいだろうと思う。
「課長は情熱の貴公子と呼ばれていたのに」
「それ、やめろと言ったろう」
「今や、情熱なんて、何処にもないですねー」
「おい……」
褒めてるんです、と花音は言った。
「なにかこう、昔は、音を聴衆に叩きつけてるようでしたが。
今は静かで。
なんていうか、前は聴いてて、気持ちがざわついて高揚する感じだったのが、今は静かに凪いでいく感じなんです」
昌磨は黙って聴いていた。
「パソコンの樹海みたいな、静謐な世界ですよ」
「……なかなか的確な表現だと思って聞いていたら、最後にはそれか」
と言われる。



