「あんた、拓海くんち、こんな時間に行って迷惑じゃないのー?
早くお風呂入っちゃって。
それから、冷蔵庫のケーキ、賞味期限、昨日だったから食べといてー」
玄関を開けた途端、一気に花音の耳に母親からの注文が押し寄せてきた。
「はいはーい」
と適当に返事をし、お風呂に入ろうとして足を止める。
「あ、ねえねえ、お母さん」
そう言いかけ、とどまった。
そうだ。
お母さんたちにもきっと言っちゃ駄目よね。
お母さんがすごい応援してた情熱の貴公子が今上司なんだけどって。
お母さん喜ぶだろうに、と残念に思う。
ああ、でも、課長がうちに来ることがあったら、私が言わなくてもきっとわかるよね。
わか……わからないかな。
貴公子、大人になり過ぎだし。
それに、課長が我が家にやってくることなんてない気がするしなー。
でも、今日もいい日だった。
お湯少し足して、泡風呂にしちゃえ、と花音はとっておきの入浴剤を探す。
たぶん、お風呂に入るのは、自分で最後だ。
誰も文句言わないだろう。
「花音」
いきなり居るはずのない人の声がして、ひっ、と身構える。



