「違うわ。
 私は手にはうるさいのよ。

 男も女も手が綺麗だと何割増かに綺麗に見えるって言うじゃない」

 拓海は冷ややかにこちらを見、
「何割増かだろ。
 まず、顔を見ろ」
と言う。

「ああ、やだやだ、顔に自信のある奴は」

 そう言い合いながら、駅を出た。

 だが、困ったことに会社も同じだ。

 大手楽器メーカーに勤務しているのだが、二人とも別に音大を出たわけではない。

 拓海は、大学時代に居た軽音サークルの先輩の影響のようだが、花音が此処を志望した理由はちょっと違っていた。

「じゃあな」
「じゃあねー」

 全然違うフロアで働いているので、途中で別れる。

 エレベーターの中、花音は小さく欠伸をした。
 そのまま、後ろを向く。

 隣の部署の先輩、成田勝(なりた まさる)が居た。

 感じのいい風貌で、女性社員にわりと人気がある。

「芹沢、何故、俺の顔を凝視する」
と眉をひそめて言われた。