「ただいまー」

 今日は特に用事もなく、店に寄ることもなかったので、早めに帰宅した。

 すると、ソファで兄が寝ていた。

「まだ居た」
と呟くと、彰人は顔の上に乗せていた本を退け、

「ほんとに彼氏ができると冷たくなるな、妹ってのは」
と言ってくる。

「彼氏なんて出来てませんけど?」

 彰人は起き上がりながら、
「昨夜の情熱の貴公子はどうした」
と言ってくる。

「なんで知ってるの、お兄ちゃん。
 課長があのときの情熱の貴公子だって」

「見りゃわかるだろ」
と言うが、子供だったときとは、かなり面差しが違うのだが。

 演奏も聴いてないのに、よくわかったな、と思った。

「あいつ、お前のところの課長だって言ってたか。

 直接、演奏とかには関わりのない部署だろう?
 もう弾いてないのか?」
と訊いてくる。

「いや……ええっと」

「しゃべれ」

「うーん。話すなって言われたから」

 弾いてるのか、と彰人はそれで納得したようだった。

「それならいい」
とまた寝てしまう。