夕日が照らす砂漠の真ん中。
 スリサズは目の前の船を見上げて唇を舐めた。

 船である。
 砂漠の真ん中に、である。

 今は亡き海岸の王国の旗を掲げた、いかにも幽霊船といったボロボロな様相の帆船が、一面に広がる砂の上を、まるで海上のようにスイスイと走っている。
 船の右舷では砂煙が、左舷では水しぶきが立ち上っていた。



 スリサズの服の中に隠されていた、金の台座に赤、青、緑の宝石で飾られたやけに派手なペンダントが、襟から勝手に抜け出して、吸い寄せられた磁石のように、幽霊船を示して宙に浮き上がった。

 このペンダントはスリサズが依頼人から預かった物であり、これと対で作られたティアラのありかへ導く魔法がかけられている。
 船と共に沈んだ王女のティアラを発見して持ち帰るのが、今回のスリサズの仕事なのだ。



 乾いた夜風が砂を巻き上げる。
 唱えやすいよう舐めて濡らした唇から呪文を紡いで、スリサズは幽霊船を真っ正面から迎え撃った。

「ブリザード・アロー!」
 やけに少女趣味なチューリップ型の杖を振り回し、空中に氷の矢を無数に作り出して一斉に撃ち出す。

 大きな標的に矢は全て命中したが……
 しかしただの木のはずの船体には傷一つつかず、帆がわずかにはためいただけで終わった。

(魔法が防がれた!?)
 幽霊船はそのまま突っ込んでくる。

「わわっ!」
 飛び退いたスリサズの脇を、幽霊船の左舷がかすめる。

 すれ違いざまに船体に書かれていた文字が読めた。
(ザワージュ号! 間違いない!)



 次の瞬間、スリサズは水しぶきをかぶっていた。
「ぺっぺっ!」
 塩辛い。
 海水だ。

 船のわき腹に、大きな穴が開いているのが見えた。
 普通ならばその穴から水が流れ込んで船は沈む。
 しかしこの穴からは、逆に海水が流れ出ていた。

(で、こんなモンが普通のオアシスの上を通過しちゃうと、真水のオアシスが塩っ辛くなって、作物は枯れるし飲み水にも困るしで、オアシスのほとりに住んでる人達が生活できなくなっちゃうのよね)

 ザワージュ号はスリサズの目の前を横切り、自身を攻撃してきた相手に見向きもせずに去っていく。
 右舷に砂煙を撒き散らし、左舷に海水を垂れ流し、船底によって深くえぐられたわだちを残して。



(逃がさない!)
 スリサズは走りながら杖の先端をザワージュ号へと突き出して魔力を放った。

「凍れ! 段々になれ! 段! 段! ダン! ダン!」

 幽霊船から流れ出ていた海水が、スリサズの命令に従って、氷の階段へと変わる。
 しかしこのままではツルツル滑る。

「もう一丁!」

 杖を一振り。
 強い風が巻き起こり、砂が巻き上げられて、氷の階段に張りついて滑り止めになる。

「よ! と!」

 ダッシュして船に追いついて、スリサズは階段の一番下の段に飛び乗った。