ちょうどその頃、田神の家ではあることが計画されていた。


都築愁が田神の施設と事業をすべて引き継ぐ準備をしていたのだった。


「都築さん・・・覚悟は決まりましたか?」


「はい。あなたには何ていったらいいか、マスコミの引きつけ役まで引き受けてくださってありがとうございます。
これで、子どもたちにもつらい目に合わせることなくやっていけそうです。

でも、ほんとにいいんですか?
あなたも田神享我の息子です。相続する権利があります。
すべてうちの息子にくれるなんて・・・それじゃ、申し訳なさすぎます。」


「俺は、自分が生きていく金は多すぎるくらいありますから。
それに、また絵を描けば・・・ね。
とても描きたいと思う女性が、胸の奥に住んでいるんですよ。」


「あ・・・七橋さん、昨日弟にきいたんですが・・・じつは、申し上げにくいのですが。
私たちの結婚式の日に、弟の陽向が高瀬敦美さんと婚約するんだそうです。

私はてっきり、弟が都合よく勝手に言っているのだと思っていましたが、どうやら・・・ほんとに婚約するみたいです。
高瀬さんは前に進みたいからって言ったそうです。
それって、もしかして、あなたをあきらめるってことなのではないですか?」


「えっ・・・敦美が婚約を。
それもマスコミ向けに俺と梨香さんが結婚式をあげるという日に・・・。

あの、都築さん、その日は弟さんは結婚式に出てくれないんですか?」


「弟には何も言ってないんです。
弟は嘘をつくのがヘタでストレートに話しがちな人間なので。

だから結婚式のこともふせてあります。
そんな大きな式ではないので、事後報告でいいだろうくらいのつもりでいたんですが・・・。
昨日、婚約の話をきいてこうやってあなたに話をしています。

七橋さん、あなたにはほんとにお世話になりました。
そのせいで、あなたにも高瀬さんにもつらい思いをさせてしまった。

せめて、せめて・・・私にもあなたが幸せになれるように協力させてほしいんです。」


「でも、弟さんは敦美を愛しておられるんでしょう?」


「弟はそうでしょうけど、きっと高瀬さんは弟のことをいい人だとは思っても、愛してはいないと思うんです。
それが証拠に、私と梨香の結婚式いや、あなたと梨香が結婚するはずの日を選んでいる。

きっと前に進みたいという節目を自分で刻んだんだと思います。
あなたを忘れられるとね。
いじらしくて、悲しいじゃないですか。」


「ええ、あの娘はいじらしくて、ほんとにかわいくて・・・守ってあげたい。
だけど、その日は俺が最初に居なくては・・・。」


「いえ、大丈夫です。
あなたの役なら替え玉を使います。
同じような背格好でスタンバイしている様子だけあればいいんです。

田神さんもその方がお喜びになります。
本当の息子が幸せになってくれることを望んでくれます。

梨香の子らがまさか私と梨香の間にできた子どもだとは、誰も思ってもいなかったと思うんです。
田神さんは子どもがいなかったせいもあるし、まだ若かった私の過ちを引き取ってくださった。

でも、もう、私は若くない。
部下もたくさんいるし、弟がサポートもしてくれる。
だから・・・行ってあげてください。
弟には私が説明しますから。」


「都築さん・・・。わかりました。」