ちょうどその頃、直弥のいるホテルの部屋に冬弥が来ていた。


「兄さんにしてはかなり強硬手段をとったもんだね。」


「俺だって必死なんだ。会社の命運をまずは何とかしないと。
そのためには結婚するしかないんだ。」


「じゃあ、なんで素直に結婚して、敦美ちゃんの学費について父さんや俺に相談しなかったの?
敦美ちゃんが好きなのは本気だからだよね。

でも、あまりにもそれはエゴなんじゃないって思わなかった?」


「思ったさ。けど、どうしようもないじゃないか!
俺はアメリカへ行くことを承諾させられたときは、敦美が待っててくれると思うからがんばれた。
まさか、こんなことになるとは思わなかった。
みんな俺が甘かったからだ。

だが・・・敦美がいればまだ、もっともっとこれで終わることはないって思えるし、敦美のためだと思えば、何でもがんばれる。」


「そう・・・敦美ちゃんは今夜はある男の家に泊まってるよ。
もしかしたら、その男のモノになっているかもしれないなぁ。」


「あの、担任の先生って男か?
担任なんだろ?そこまで親密なつきあいには見えなかったが?」


「今は確かに、そうかもしれないね、お互いをわかりあってもいないからね。
だけど、兄さんは厄介な相手を敵にまわしたかもしれないよ。
七橋享祐って人はそこらの高校美術教師ではないんだよ。
これは業界に詳しい人しか知らないけどね。」



「どういう人物なんだ!それで、おまえは俺に何がいいたいんだ!」


「敦美ちゃん、泣いてるよ。
愛人なんて自分に縁がないと思ってた言葉を聞かされて。

直弥兄様がアメリカに向かったときは好きだったのに、今の兄様は同じ人だと思えないそうだ。
それで、今の高校を卒業させてほしいと泣いて俺に頼んできたよ。」


「えっ・・・。
それで、おまえは敦美のバックアップをするつもりなのか?」


「ああ、そのつもりだ。
もし、俺がやらなかったら・・・たぶん彼がやると思うからね。」


「くっ、何なんだ。
その美術教師は。」


「今、日本で新進気鋭の画伯として有名であり、小さい頃からパリを中心に油絵、水彩画、版画に書道でも有名な芸術家であり、陶芸で有名な田神享我の息子でもある。
外でできた息子らしいけどね。」


「マジか・・・?
でもそんなにすごいやつがどうして敦美にくっついてるんだ?」


「兄さん、マジでそれ聞くのか?
同じ質問を兄さんにしてやるよ。」


「まさか、俺と同じなのか。」


「そうだね。しかも年齢も兄さんと彼は同い年だ。
偶然にしてはできすぎだね。

けど、俺はかわいい妹が泣く姿は見たくないし、困ってるなら助けてやらないとな。
だから、悪いけど・・・兄さんにはアメリカへひとりで帰ってもらうよ。」


「しかし・・・。わ、わかったよ。
敦美に泣かれても、嫌われても嫌だからな。
愛人になれなんて言わないよ。

俺はアメリカでもっとがんばってくるから、悪かったって伝えてくれ。
それと、会社が立て直せるまで悪いが、敦美のことは頼むぞ、冬弥。」


「了解、任せといて。」