冬弥は苦笑いしながら、今日どう過ごしていたのかを敦美に話してきかせた。


「午後から七橋享祐って画家と新しいイラスト集のことで、ここで打ち合わせをしていたんだ。
ちなみにそのコーヒーカップはさっき俺が使ってたやつな。」



「そ、そうだったの?冬弥兄様って謎が多くて私何も知らなくて。」


「じゃ、俺がある女性と同棲してるのも知らないよな。当然・・・」


「そ、そうなの?どうして結婚しないの?
ママたち結婚の話を待ってるのに。」


「言わなきゃダメか?」


「当たり前でしょ!どうして同棲なの?」


「それはだな・・・彼女が美大に通っててな。
きちんと大学を卒業したいっていうからさ・・・。
彼女は今、19歳なんだ。あと3年もある。
しかも、彼女は兄妹が多くてな、ご両親には大学の費用半分くらいしか援助してもらってないんだ。
だから、バイトもあってな。」


「大変なんだ。
じゃ、私の学費なんて・・・お願いできないよね。」


「いや、ぜんぜん大丈夫だぞ。
おまえは大学生じゃないしな。
高校卒業くらいは楽勝だ。それに、きつくなれば父さんに泣きつくさ。
兄さんにはできないだろうけど、俺はできる。

それに・・・おまえ、いい彼氏とっつかまえたみたいだしな。」


「彼氏?」


敦美が振り返ると、七橋がうつむいていた。


「ま、まさか冬弥兄様、先生のこと・・・違うのよ。
先生は担任だから、寮の管理もしてるし、私は先生にとって手間のかかる生徒だし・・・。」


「まぁ、何でもいいけど、敦美が享祐を捕まえててくれるなら、いくらでも金の援助はしてやるぞ。」


「どういうこと?」


「七橋享祐、こいつは次の俺のイラスト集の背景を担当してくれている天才画家なんだ。
しかも、こいつは新人画伯としてはヨーロッパの有名画廊ではとても評価されている。

なのに、偏屈このうえないバカなのか、雅光高校で美術の先生とか風紀担当の先生とか言われてマジになってやっている困った男だ。

で、その困った男がどうやら、俺の義妹に振り回されてるみたいでな。
もう、笑わずにいられますかってとこだな。」


「ごめんなさい。先生・・・そんなに偉い人だとは知らなくて、私いっぱいたかってしまって。」


「おい、ツッコむとこってそこなのか?」


「だって、私何も知らないから。甘えてばかりで。」


「高瀬・・・俺もぜんぜん力になれなかったんだから、あまり自分を追い詰めちゃいけない。
で、冬弥兄さんがなんとかしてくれるみたいだから、安心していいと思うぞ。」


「でも・・・今夜は寮にもどりたくない。
直弥兄様と話したくないの。
私、どうしたらいいの?」


「そうだなぁ、うちだって居づらいだろうし・・・そうだ、享祐の家に泊まらせてもらえばいいんじゃないか?」


「ちょ、それは困る。俺の家は学校から近いし、誰かに見られたら2人とも学校にいられないだろ!」


「だから、享祐のアトリエがあるところだよ。
そこなら、住めるはずだ。何せ、俺も世話になったからな。」


「そんなところがあるんですか?」


「まぁな・・・。」


「あの、気乗りしないなら、私、やっぱりアメリカにとりあえず行って、冬弥兄様やママに助けてもらいます。」


「それは無理だな。兄さんはすぐにおまえを自分のものにするだろう。
もう少しで、拒めなかったほど、押さえつけられたんじゃないのかい?」


「それは・・・でも、私のせいでご迷惑は・・・かけられません。」


「高瀬、曖昧な態度をとって悪かった。
アトリエのとこへ連れて行くよ。
ほんというと、絵を見られたくなかっただけなんだ。
俺は安月給の教師でいたかったから・・・でも、そんなこといってられない事態だからな。」