「平気ですよ、気にしてませんから。それと、佐倉(さくら)さん」
突然名前を呼ばれ、男――佐倉は思わずビクリとしてしまう。丸めていた背筋も伸びた。
「別に指導するつもりじゃありませんから、そんな緊張しなくてもいいですよ」
接客の時とは違う柔らかい敬語で語り、クスクスと微笑む早川は、百戦錬磨のアルバイト店員ではなく、普通の女性に見える。
「臆せずに立ち向かうって、なかなか勇気のいることですからね。お疲れ様でした」
一瞬、何のことを言われたのかさっぱり判らずポカンとしてしまったが、数秒後に意味を理解出来た。
「え、いや、違いますよ。あれはホント、注意にもならなかったし、俺はビビったし――。結局あれは早川さんが……」
自分は役に立たなかった。結局は。それは周りで見ていた誰もがそうだと思っているはずだった。
「正面から立ち向かう、それだけで充分だと思いますよ」
それでも、一人でも自分のことを認めてくれる人がいる。それはとても嬉しいことだと、佐倉は実感した。
《何事にも屈しません》



