客>店員という図式が出来上がっている男にとって、店員に言い返されるとは思ってもみなかったことだ。だが、その予想が呆気なく覆され、そして男には対抗すべき手段がない。
訳の判らない反論は、しかし目の前の店員には無意味だと、男は察する。
早川の笑顔は完璧だった。接客業に携わる者として、参考になるような。言い掛かりを付けられているとは思えないほどに自然な笑顔で、それがこの状況の中では不自然となる。
非難の目の方がまだマシだった。
笑顔に気圧される。そんな自分がいることに気付いた男は、彼女から視線を反らそうとするが、残っている矜持がそれを許さない。それをしたら最後、男の図式は完全に崩れ去るからだ。
男は冷静だった。店員に何かを言われても、屁理屈をこねて優位に立とうとして。
だから早川の笑顔を無視することが出来なかった。冷静なままで、彼女の不自然に自然な笑顔を見ていた。
結果、男は「んじゃあ、そうするわ」と台詞を残し、逃げるように店を出た。
《彼女の笑顔は凶器となる》



