舌打ちと共に身体を起こした貴音は十夜がいる方へと視線を向けた。
視界に映るのは息切れすらしていない十夜の姿。
貴音が攻撃しない事を悟ったのか、十夜は慌てる様子もなくゆっくりと立ち上がった。
「桐谷、お前とやるのが一番楽しいよ」
特に焦りの表情も見せず、平然と立ち上がる十夜を見て貴音は笑みを浮かべながらそう零す。
貴音は気付いていたのだ。
十夜が手を抜いていることを。
“遊び”という言葉通り、十夜は本当に遊んでいた。
その証拠に、以前交えた時よりスピードが遅く、何より気迫が違った。
凛音の兄だと知らなかったせいなのか、“あの時”の十夜は本気で貴音を潰そうとしていた。
凛音を連れ去ろうとする輩を排除しようと、本気で闘っていたのだ。
その力を知っているからこそ今の十夜が本気でない事に気が付いた。
「なぁ、本気でやるか?」
「………」
フッと鼻で笑い、この場に似つかわしくない笑みを零す貴音に十夜の表情が少しだけ険しく歪んだ。
「……フッ、冗談だよ」
だが、貴音はすぐにその言葉を撤回した。
“準備が整った”からだ。
「“仕上げ”に入る」
貴音はぐるりと周りを見渡し、そう告げた。
二人が拳を交えている間、周りは落ち着きを取り戻しつつあった。
それもその筈。
さっきまで何百人といた男達の大半が地面へと沈んでいたから。
その光景はまさに戦場。
ただ一つだけ言えるのは、戦闘真っ只中の戦場ではなく闘いの決着後の戦場だ。
それが今の現状。


