鼓動が乱れる。どうしようもなく。
後頭部を覆う温もりと重なる額に有り得ない程動揺して。
少し喋れば触れ合うであろう唇に呼吸全てを奪われた。
「────」
十夜から発せられたのは、聞き取れない程小さな声。
けれど、その声は確かにあたしの耳に届いた。
「……ぅ……っ、」
聞いた途端ボロボロと零れ落ちる涙。
それはきっと、言葉のせいだけじゃない。
後頭部から伝わる微かな震え。
耳に届いた切なげな囁き。
それが痛い程心に響いたから。
でも、その声を聞いても、あたしは十夜に何も返事してあげられなかった。
それがこんなにも歯痒くて、苦しくて、哀しくて。
離れていく十夜をただ真っ直ぐ見つめている事しか出来ない。
優音が現れてから初めて見た十夜の瞳。
怖くて直視出来ずにいた漆黒の瞳。
“その瞳”に見覚えがあった。
脳裏に焼き付いて離れない“あの表情”
苦しい過去の思い出。
思い出したくもない辛い思い出。
それは“あたしが十夜を拒絶した時に見せた表情”。
他の誰でもない。あたしがさせてしまった表情。
もう二度と見たくないと思っていたあの表情を、あたしはまたさせてしまった。
……ごめんね、十夜。
ごめんなさい。
信じられなくてごめんなさい。
話し、出来なくてごめんなさい。
戻ってくるから。
絶対戻ってくるから。
その時にまた十夜の想いを聞かせてね。
そう心の中で告げた時にはもう十夜の姿は見えなくなっていた。
一度も逸らされる事のなかった十夜の視線。
それが余計にあたしの涙腺を壊した。
「……凛音」
「……っ、優音、ごめ……っ、ありがとうっ……」
優音の首元に顔を埋め、声を押し殺して泣く。
今度十夜に逢う時、
あたしはその手を握る事が出来るのだろうか──…


