「助けてくれてありがとう」

「……っ」


告げられたのは感謝の言葉。


そして、綺麗すぎる程綺麗な微笑み。


その笑顔にトクンと小さく鼓動が跳ねた。


同性のあたしから見ても綺麗なその笑みは、優しくて偽りのない心の籠った笑顔だったから。


「い、いえ。連れて行かれなくて良かったです」


そんな遥香さんにあぎこちない笑顔しか返せないあたし。

頬が引きつっているのが自分でも分かる。



ふと頭に浮かんだのは、“あの時”の遥香さんの顔。

不安げな、けれど可愛らしい声で十夜にしがみつくあの遥香さんの顔。


胸中にドス黒い感情がじわじわと湧き上がってくる。


息が詰まりそうになった。



どう笑えばいいのか分からない。

何を言えばいいのか分からない。


遥香さんを前にしたら、大丈夫だと思っていた感情が粉々に砕け散っていくような気がした。




「じゃあ私達はこれで」


そう言って葵さんの手を取り、あたし達が歩いてきた方向へと歩いていく遥香さん。


あたし達が姿を現した時こそ驚いていたけど、その後は動揺すらせず他人を装った。


遥香さんは頭のキレる人なんだろう。


瞬時に状況を把握し、他人を演じる事が最善だと考えた。


もしあたしが逆の立場だとしたら同じ様に出来ただろうか。





「……の、凛音……!」


「えっ?あ、ごめん。ボーッとしてた」


クイッと引かれた手。

引かれて初めて呼ばれていた事に気が付いた。