──遡ること数時間前、中田がタクシーで去ろうとした時の事。
『桐谷!』
タクシーを止め、十夜を呼んだ中田。
発車したとばかり思っていた十夜はまさか呼び止められるとは思わず、驚いた。
『待ってろ』
十夜はそう言うと、踵を返し、停車しているタクシーの元へと向かった。
『何だ』
後部座席の前に立ち、開いている窓から車内を覗き込む。
薄暗い車内でも分かる程真剣みを帯びた中田の瞳。
その瞳に嫌な予感が過った。
『お前に言わなきゃいけない事がある』
『……言わなきゃいけないこと?』
外から見えない位置で人差し指をクイクイと動かし、手招きする中田。
それを見た十夜は上半身を少し前へ倒すと窓へと顔を近付けた。
近くなった二人の距離。
その距離に十夜は胸中にあった胸騒ぎがより一層強くなったのを感じた。
中田は何を言おうとしているのか。
真っ直ぐな中田の瞳が、鼓動を激しく乱す。
『……桐谷』
ゴクリと小さく喉が鳴ったその時、中田の唇がゆっくりと動いた。
『──“D”は“白狼(ハクロウ)”だ』
中田が紡いだのは、十夜にとって信じ難い言葉だった。


