介弥は何も言わなかった。

 舞の方が堪え切れずに、口を開く。

「誰か……誰かっ私の頭を壊して、この記憶を引きずり出してくれればいいのに」

 介弥は苦笑したように、舞を見る。

「それこそ逃げだよ。舞」

 ぼんやりと介弥を通り越して、窓の外に目を向ける。

 快晴の秋空に、はらはらと銀杏の葉が舞っていた。

「俺は逃げないよ。お前のために、ずっと他人の振りをしてた。

 だけど俺は、別に人前でも真実を言えるんだ。

 なんだったら、今から、校内放送で全部ぶちまけてもいいんだが―」

 ほんとうに立ち上がりかねない介弥の腕を慌てて引いた。

「まま、待ってよ。そんなことしたら、あんたの名前に傷がつくわよ。

 私と違って人気者のあんたに」

 先生にも先輩にも後輩にも、介弥は万遍なく人気があった。

 それは、誰にでもやさしく人当たりがいい性格故だった。

 舞はそんな介弥に嫉妬を感じながら、誇らしくもあったのだ。

 自分はともかく、介弥にだけは傷をつけたくはない。

 そう―

「あんた、ひとつ勘違いしてるわ」

 介弥が振り向く。