教科書を読む少し低い舞の声は、教室によく響いていた。

「はい、そこまで」

 次ぎ、大下、と教師は名簿を指で押さえ、見て言った。

 舞はあまり音を立てないように腰を下ろす。

「舞、舞」
 後ろから亮子(りょうこ)がつつく気配がした。

 生真面目な舞はあまり授業中、無駄話などしない。

 なに? と目だけで亮子を見る。

 亮子は口許に教科書をやり、小声で言った。

「あのね。
 次の授業、地理だよね。

 教科書忘れちゃったんだ。A組に借りに行くの、ついて来てくれる?」

 A組? とつい舞は眉をひそめて訊き返す。

「坂口」
 ふいにした声に、前を見た。

「どうかしたのか?」

 そう問う教師の声は舞を責めてはいなかった。

 普段の優等生ぶりが功を奏しているのだろう。

「いえ、なんでもありません」

 そう言い、前を向いた。

 後ろで亮子が、ごめん、というように合わせた手を背中にぶつけてきた。

 舞は亮子に聞こえるように小さく溜息を漏らしてみせたが、別に腹を立ててはいるわけではなかった。