「ただいま」
 薄暗い台所のテーブルの上に鍵を放る。

 鍵の転がった側に、お定まりの白い紙があった。

「遅くなります― か」

 ひらりと紙をテーブルに落とすと、舞は冷蔵庫を開けて、牛乳を取り出した。

 そのとき、廊下が明るくなって、パッタパッタとスリッパの音がした。

 舞がそちらを振り返ったとき、パッと台所の灯りがついた。

「わっ!」
 向こうの驚いた声に、舞の方が驚く。

 白衣に聴診器をぶら下げたままの、父数鷹(かずたか)がそこに居た。

 どっしりとした巨漢だが、顔は何処となく舞と似ている。

 数鷹は余程びっくりしたのか、心臓を押さえて言った。

「い、居たのか、舞。
 明かりぐらいつけなさい」

「だって、面倒臭かったんだもん」
と舞は牛乳をグラスに移しながら言った。

 母親拘りの、牧場から送られてくる瓶牛乳だ。