3日目。いよいよ明日の朝は遠征という朝。
フランツ皇子が「今日は一緒に朝食をとろう」と言ってくれて
久しぶりに一人じゃない朝食をとっていた。

「ディアナ、夜はずっとそこの椅子で寝ていたね?
身体が痛いだろうに。今晩はベッドで寝るようにね。」

私はあいまいに笑って返した。皇子は夜中のうちに
あたしが寝てるのを確認してたのかしら?
ベッドを使っていないことがばれている。


「明日発てば、戻ってくるまでの間は不便があるかもしれない。
警護は万全だが紛争地帯だ。出歩くことはできないだろう。
せめて今日くらいは、城の中庭でも散策してくるかい?」

「いいの?」
「私が一緒に行けたらいいが、生憎そうできそうもない。
アイザックを護衛につけるから、少しの間だけなら。行っておいで。」

3日ぶりの外に出れると聞いてうれしくなった。
遠征はいつ終わるかわからないし、少しだけなら。
「うれしい!」

前に皇子が案内してくれた城の中庭にお昼の時間に散策をすることにした。
色とりどりの花が咲き、緑が美しい中庭。
思っただけで心が弾むようだった。



☆☆☆

そして、私が外に出る機会を今か今かと待っていた人物が他にもいた。
その人物は手元に大事に隠しもっとそれを持って中庭に向かって行った。


☆☆☆




ディアナは弾む足取りで執務室を出た。
皇子はちょうど昼食に席を外したところで姿は見えなかった。
執事のベンダモンさんに中庭に行くことを伝えた。


ディアナが中庭に向かう途中、何人かの大臣や、皇子の執務室へ戻るところのウェルスターと会った。
ここ数日マレーに教わって、それなりになんとか挨拶を返せるようになっていた。
ウェルスターも、役割を務めようとするディアナの姿を以前より好意をもって見ているようだった。


ちょうどお昼時。暖かな日差しが中庭に降り注いでいた。
鳥のさえずりと、風のささやきがとても気持ちいい。

遠征に行くなんて、とても忘れてしまいそうな日和だった。


「ディアナ様。あまり私から離れないでくださいね。」
あれ以来初めて顔を合わすアイザック。
なんだか気まずい雰囲気を彼は感じているのか、
私に以前のように軽く話しかけてくれない。
ここに来るまでも必要以上のことは話しかけてこなかった。
『そばにいるように』とだけは何度も言ってくれるので
あるいは、何かに備えて警戒しているせいかもしれなかったけれど。

「この間は、言ってくれてありがとう。」
私は改まってぺこり、とお辞儀をした。
アイザックにちゃんと伝えたいと思っていたことだった。

アイザックは一瞬驚いたようだった。
「ディアナ様・・。」

目の前でにこりとほほ笑む小柄な少女、頼りないかと思っていたその芯は
しなやかでとても強いのだと思われた。
『まいった。』アイザックは内心、苦笑してしまった。

「ディアナ様、先日は出すぎたことを申しました。。」
アイザックがすっと膝を折り、自分の胸元に手をあてた。

「そんな、そんな!そうじゃなくて、そうじゃないから!」
ディアナは首を思いきり横に振りながら、渋るアイザックを何とか立ち上がらせた。
アイザックは皇子と、そしてこのディアナを命に代えても守ろうと心に決めた。
「何があっても、必ずお守り致します。」



さやさや、、心地よい風が吹き抜けていく。
しばらく散策した後、フランツと昼食をとったドームの中の椅子に
ディアナは腰かけた。
しぼりたてのジュースが美味しかった。

「ディアナ様、そろそろお部屋に戻りましょうか。」
「そうね。とてもいい気分転換だったわ!ありがとう!アイザック。」
「いえ、それはフランツ皇子へお伝えください。」


アイザックがドームの外へ出て、周囲を確認している。
ディアナは席を立とうとしていた。

「大丈夫です。どうぞ、外へ。」アイザックが言い終わらないうちに、
アイザックはディアナの頭上にすっと細長い白銀の光が降りてくるようなのを見た、気がした。
「?」アイザックがいぶかしむような表情を、自分の頭上に向けているのをみたディアナも
ふと上を見上げた。

ぽた、、

何かがディアナの口に入った。




アイザックははっと息を飲んだ。
「まさかっ!」

その瞬間、ディアナのうめき声が聞こえ、彼女はその場に倒れこんだ。
口から真っ赤な血を吐いている。


「ディアナ様ーーーーっ!!!」
蒼白になって駆け寄るアイザック。
隠れていた騎士団の兵士も姿を現した。
「すぐに侍医と、皇子様にご連絡を!」





☆☆☆

ディアナはすぐに駆け付けた侍医の手当により、
回復は早いだろうと思われた。
今回もレデオン卿の時と同じ毒の反応があったと侍医は告げた。


「アイザックは戻ったか?」
フランツの執務室に顔を合わせた誰もがアイザックの行方を知らなかった。

「身を隠して護衛にあたっていた兵士ひとりも姿が見えません。
恐らく、アイザックと共に行動していると思われます。」

「もう少し待ちましょう。」

フランツは眉間に皺を刻んでいる。
ディアナが毒に倒れて6時間が過ぎようとしている。
アイザックは、苦しむ彼女を侍医に預け、姿を消した。

私への報告に兵士を送ってきたが、『細長い光が見えた』と言っていたという。
何か手がかりをつかんだはずだ、おそらく、黒幕の・・。

今やっと苦しい息遣いから落ち着きを取り戻してきているディアナ、
彼女が今眠りについている。幸いレデオンの前例があったため、
同じ毒だとわかると処置が早かった。

ディアナの血にまみれ、苦しそうな顔を見たとき
私は鼓動が止まるかと思うほど心臓が握り締められるようだった。


犯人は必ず暴き出してみせる。。
まだ青白い顔で眠るディアナの枕元で、フランツはその小さな手を握りしめていた。




執務室からの扉が薄く開けられ、一筋の明かりが入ってきた。
黒い人影が、ほのかな明かりだけ灯されたベッドのそばに近寄った。
「皇子様」マレーの声だった。
「アイザック様が戻られました。」
「わかった。。ディアナを頼む。よく診ていておくれ。」
マレーのうなづく様子を感じ、フランツはディアナの額にそっと口づけをして立ち上がった。





「証拠は掴めたか。」
執務室に戻るや否や、フランツはアイザックを鋭く見据えた。
ぎらりと光る刃のような瞳にアイザックは微動だにしない。

「はい、こちらに。」
握りしめていた、夜露に濡れた麻袋を前に差し出す。

「ブリミエル卿の証拠を押さえました。
私とともにブリミエル卿の屋敷に出向いた騎士団の兵士に、
継続して卿を見張らせています。」
アイザックもまっすぐに皇子を見つめる。
レデオン卿とウェルスター卿から声が漏れた。

「どのような証拠だ?!」はやるウェルスター卿。
「卿が使ったのは蜘蛛の毒です。」
「確かなのか?」
話の先を続けるよう、フランツは口を挟まず促す。

「私はディアナ様が倒れられる直前、細い光のようなものが降りてくるのを見ました。
それで思い出したのです。ディアナ様も、レデオン卿が倒れる直前に細い光を見たと
言われていたことを。恐らく、蜘蛛の糸が光に反射していたものと思われます。
もっと早くに気付くべきでした。ブリミエルは蜘蛛の愛好家だったのです。

屋敷にあらゆる蜘蛛を収集しており、今回の毒はある蜘蛛からも少量ですが
とれる毒でした。ブリミエルはその毒蜘蛛を掛け合わせ、さらに強い毒を持つ新種の毒蜘蛛を
作り出していました。それが、これです。」

みなの視線がアイザックの携える麻袋に集まる。
袋はごそり、と音を立て、動いたように見えた。


「中にいるのは、ディアナ様が倒れられた後、中庭で見つけた毒蜘蛛です。
ディアナ様から検出された毒と同じ毒を持つことが侍医によって確認されました。
レデオン卿の時の毒とも一致しています。」

「それはブリミエル卿の屋敷にいるのか?」ウェルスターが口をはさむ。
アイザックは強く頷いた。

「この毒蜘蛛は彼が改良して作り出したもので、現在ブリミエル卿の屋敷にしかいません。」
「確かか?」
「はい。こちらに来る前に蜘蛛についても確認させました。
今まで発見されている蜘蛛ではないということです。」

ウェルスターは視線をフランツに向けた。ウェルスターもまた強く瞳を光らせていた。
「皇子、すぐにブリミエル確保に兵を向かわせます!」
「そうしてくれ。」

ウェルスターはアイザックの肩にぐっと手を置くと、
風のようにマントを翻し、執務室を出て行った。


「副宰相が何ということを・・・。」
レデオンは眉間に深い皺を寄せた。


フランツが一歩、アイザックに寄る。
その瞳からは激しい怒りのような光は薄らいでいた。
アイザックは片膝をついて頭を垂れた。
「ディアナ様をお守りできず、申し訳ございません・・」


フランツはアイザックの前に来ると、彼の肩にそっと手を載せ、
立ち上がらせた。
「ディアナは無事だ。最初の判断が早かったのと処置が早かったので、
解毒剤が効いている。」
フランツの肩をぐっと抱いた。

「よくブリミエル卿の証拠を掴んでくれた。礼を言う。」
「皇子・・・。」

アイザックは肩を震わせた。


ディアナ様も皇子様も、ほんとうに・・
だからこのお二人のために自分は命を懸けてでもお守りしたくなるんだ、、と
改めて思った。
アイザックは皇子が手を掛けている肩がとても温かく感じていた。




☆☆☆

ブリミエル卿はすぐに捕らえられた。
自分が作った毒蜘蛛が証拠となり、言い逃れができなかった。
レデオン卿、ディアナへの2件について、そして弟皇子を担ぎ出し
王国に混乱を招こうとしたことについても、いも釣り式に証拠が挙がり、
厳罰に処せられることになった。

国民たちはこの事件に大いに驚いた。
同時に毒に倒れ、回復に向かっているという『救い』に
同情と、畏敬の念とさらなる期待を寄せる風潮が広がっていった。

国王もここまで広まっている『伝説の救い』の存在を
フランツ皇子から「保護するためそばに置いている」とは聞いていたが、
しだいに関心事として心にとどめていた。


『救い』への関心が高まる中、フランツはいまだ意識が回復せず眠る
ディアナのそばを離れなかった。
紅色だった頬は青白く、香るようだった生気は今は見られない。
ディアナの小さな手を握り、その目が開いて自分を見てくれることを切に願っている。

ディアナの胸に輝く青い玉を見た。
フランツはそっとその首飾りを彼女の首から外した。
そして彼女の胸元にくちづけをひとつ落とした。