「ともかく、無事でよかった」
ベルはそう言って、立ち去ろうとした。
もう日が暮れ始めているのだ。
泊まるところを探さないと、帰るか野宿かの二択だ。
それじゃあ、と、短い挨拶をして踵を返そうとした。――だが。
「おい」
呼ばれて、ベルはおもわず振り返る。
背後に、先ほど助けてくれた男が立っている。
何だろう、と思った矢先、ベルは男の手元を見て瞠目する。
「あ、それ!」
男が持っていたのは、つい先刻、走ったときに落としたデッサンの束だった。
(あたしとしたことが……)
今の今まで、落としたことを忘れていた。
それがないと工房に弟子入りできないのに。
「拾ってくださったんですか。ありがとうございます」
言って、ベルは紙の束を受け取ろうと手を伸ばす。



