辻が考えるバナナの実がなる条件の一つとは、自伝サクセスストーリー小説を書き、その内容通りに実際行動することであった。


担当者が彼の瞳を真摯(しんし)に見つめる中、大きな開口を持ったガラス張りのオフィス越しでは、感情を持たない機械仕掛けロボットのような都内のビジネスマンが忙しく行き来している。


「この小説のコンセプトは、フィクション小説でありながら小説の中の世界と現実世界とがつながってゆくことです。


この小説通りに契約を結ぶ事が成功の鍵になると思うのですが」


「はい、それは理解できますが、まずは出版されて成功されてからの話になるかと」


担当者は、形の違う同じ色の積み木を重ねる言葉を繰り返していた。


辻は、しばらく重厚感ある落ち着いた色合いのテーブル中央に視線を置いて、霧中(むちゅう)を漂(ただよ)う。


小説に描かれた契約内容でなければ、読者はこの小説を紙に書いた餅だとすぐに見破るに違いない。


そんな小説が何万部売れようが映画化されようが、小説の中の主人公と同じ人物なんて現実に存在しないんだと思われる。


そしたら、この小説の価値は無くなってしまう。


もし、僕が作家を目指していたなら・・・、すでに契約を済ませていたのだろう。


しかし、作家になりたいわけじゃない。


とことん面白いと思うものを読者に提供したい。それだけは、譲(ゆず)れないし裏切れない。


そう辿(たど)り着いた時には霧(きり)が晴れ、「では、また機会がありましたら、ご支援のほど宜しくお願いします」と自然に声が出ていた。






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