辻は、真直ぐ歩こうとするが、酒に酔った時とも違う、自分の足でないもので歩いているかのように、上手く歩けない感じがする。


真直ぐ歩いているのか、否(いな)かの判断すらおぼつかない。


それでも、集中すると真直ぐ歩ける気がしたのだ。


この時、彼は、今までにない二つの発見に、面白さを味わっていた。


一つは、歩くことに集中しようとしている自分がいること。


次に、それを冷静、かつ客観的に眺めるもう一人の自分の存在であった。


その内観(ないかん)に不安になることは無く、酒で酔っ払った時とも違うこの自覚に、何とも嬉しくなりニヤつく。


今まで触ることすらできなかった感覚を、努力せず十段飛ばしに会得してしまった気分であった。


少し歩くと、この時間あまり車の通らない二車線道路に出る。


そこは、普段、ちょっとした坂になっていた。と言っても、いつも目にするその坂は、ボールを置いても転がっていくほどの勾配はない。


それは分かっているのだが、今晩は違っていた。

あり得ない・・・。

もし今、車道にボールをそっと置くと、それが自然に勾配を転がっていってしまうくらい急な坂に感じる。


大げさにいえば、空間が歪(ゆが)んだように曲がって見えていた。


この坂も、普段の二倍ある勾配に感じる。

そう感じているように幻覚などではなく、なんらかの心理作用が視覚に影響を与えているのだろうと、辻は内省(ないせい)した。



茶店に着くと、亮の勧めでコーラを頼む。

辻の驚きは、止まなかった。

舌や唇に触れる炭酸の泡の大きいこと。

直径二センチほどの小さなシャボン玉が、舌の上で曲芸を披露するように連続して弾け転げる。


夜風を仲間に迎え、会話に花を咲かせる四人は、いつしか騒がしい周りの中国人に溶け込んでいた。





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